2011/06/27

ボラセンから・・・・

先達て、被災地で会った某ボラセンより連絡があった。
元々、こちらが仮設の風呂や東屋建築の準備をしていたので、現地でもそれについて協議をしていた。

当然のことながら、それなりにコストのかかるシロモノで、こちらは資金提供者を募ることも行なっていた。それ自体もなかなか難しいことだし、資金提供者だって楽して稼いだ分けではない。支援する側にとってもとても大切なモノで、乱発は出来るはずもない。
しかし、被災地ではもっと困窮している。だからこそ我々も「何か」したいのだ。
だからこそ、現地で活動されているボランティアの方々は尊敬にあたいする。それぞれの「出来うる」ことを実行しているのからだ。

ただ・・・・最近、自分やその他から見聞きする範囲でも、理解の範疇を超える言動を聞く。

被災者とまだ何の協議も出来ていない話を、ボランティアの気持ちだけで進めてしまって、直前で被災者の皆さんは望んでいないことが露呈したり・・・・
自身が建築関係者でありながら、それを我々には隠し、素人振りをして、物資・資金・労力を提供させようとしたり。直接会ったときに疑問を投げかけてもはぐらかし、後日再度の指摘で、実はと・・・・

そんな意味不明な部分が垣間見えてしまうと、こちらは、そのボランティアを信用することは出来なくなってしまう。もちろん、搾取しようとしているとは思っていないが、「被災者のため」と言うよりは「被災者に喜んで貰いたいがために、他人を利用する。」ように見えてしまうのだ。
最終的に被災地のため「利用」されればそれで良いのかもしれないが、正直「微妙な信頼関係」での行動とても危険だ。こちらの出来ることは限られる。だからこそ「的確な効果」が本当に重要になる。そうなると、いくら現地に尽力されていても「微妙な物言い」をされる人間を通して「的確な効果」が出せるとはなかなか思えない。それは、ややもすると「被災地への迷惑」への第一歩になりかねない。離れた場所での我々が、一番注意しなければならない点だ。

他で聞いた話だが、よそから提供された物資に、何の関係もない団体がその旗を掲げたりという事も散見されるそうだ。単なる勘違いだろうが、気持ちが先走っている結果とも思える。

そんな印象を仲間に報告しなければならないのは、とても苦々しいし、資金提供者のテンションも当然下がる・・・・

ボランティア団体の方が「被災地でずっと活動している人間でないと本当のコトロは分からない」と言われた。まさに、その通りである。だからこそ、我々も「信頼できる物言いの出来る人・団体」へでないと行動が起こせない。

現地で活動されている方々に比べれば、こちらで出来ることはたいしたことは無いし、彼らの行動力にはただただ頭がさがる。

震災という異常事態だからこそ「信頼関係構築」「言動への配慮」を最優先に考えていたい。
支援活動を「する・しない」の二元論ではない。我々にとっては、どのような関りをもって、どのような行動を取るかが本当に重要なのだと思う。
我々のできる活動では、成果の大きさや自身の満足感よりも「心配り」を大切にしたい。


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